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東京高等裁判所 昭和41年(ラ)583号 決定 1967年1月11日

抗告人 川田安一郎(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

理由

抗告人は、「原審判を取り消す。本件を東京家庭裁判所に差し戻す。」との決定を求め、予備的に「原審判を取り消す。本件白井きみ及び高山てるの申立てを却下する。」との決定を求め、その理由とするところは、次のとおりである。

第一、原審判による分割は、次のとおり違法である。

一、高山てるは、風紀を紊乱し、本富土警察署に留置され、また母親に暴行、侮辱を加えたため、被相続人から「著しい非行」があるものとして相続人として廃除されたものであるから、相続人として遺産を分割することはできない。

二、白井きみは、婚姻にあたり、被相続人から多額の費用をかけて貰い、定期預金の贈与その他の財産を贈与されたものであるから、これらの特別受益分は、同人の相続分から控除すべきであり、また、同人は、抗告人に比し裕福な生活をしているものであるから、遺産の分割にあたり、この点も考慮すべく、これを無視した分割は不当違法である。

三、山野昭一は、被相続人より、生前、多額の不動産の贈与を受け、しかも、家屋の新築費用にあてるため被相続人の不動産を売却してこれを得ているもので、同人もこの間の事情を考慮し金五〇万円を遺産分割にあたり提供する旨申し出ているのであって、同人が分割を受くべき遺産のないことは勿論、むしろ同人が贈与を受けその他被相続人の財産より支出を受けた額は遺産に取戻して他の者に分割すべきであって、漫然、同人に分割を受くべき遺産がないとした原審判は違法不当である。

四、抗告人は、被相続人から生前全財産を贈与されたもので、そのため被相続人の入院費用金五一万八、〇〇〇円を支出して誠実に看病し、被相続人の死後、遺産の固定資産税を負担し、合計五万七、七三七円の各法事の費用を支出したものであって、他方、原審判のような遺産の分割の方法によるときは、抗告人がこれまで生計の資として来た地代収入の途が絶え、生活ができなくなる結果となり、他の相続人の生活状態に比しより生活が苦しくなるもので、このため抗告人は病を得て目下入院している有様である。したがって、抗告人の側の事情を無視し、法定相続分のみに基づき遺産の分割を行った原審判は違法不当である。

第二、原審判手続には、次のような違法がある。

一、原審の家事審判官は、相続財産の範囲を確定する訴訟を白井きみ、高山てるより提起することを約させながら、その訴訟の結果をまつことなく、遺産の範囲を確定して審判した違法がある。

二、また、遺産に属する個々の財産の価額につき、鑑定人杉本浩の鑑定評価額によっているが、同鑑定は原審において、家事審判官の調停の参考にするためになされたものに過ぎないのであるから、これを審判の資料とすることは違法である。

三、原審における家事審判官は、家事審判法第二四条民法第九〇六条により調停に代わる審判をなすことを宣しながら、これと異なる本審判をなした違法がある。

四、原審判は森口審判官によってなされているが、その審判書は脇屋審判官が作成したものに署名したものに過ぎないので森口審判官の審判書として違法である。

(当裁判所の判断)

しかしながら、第一につき、まず、高山てるが被相続人川田善行から廃除されたとの点については、推定相続人の廃除は民法改正前においては、地方裁判所の判決により、改正民法施行後においては家庭裁判所の審判によりなされるところ、控訴人提出の資料を検討しても、これを認めるに足る何らの資料も見あたらないし、次に、白井きみが婚姻のため生前多額の贈与を受けた特別受益があるとの点につき、白井きみが受けたとする贈与については、他の相続人が受けた婚姻のための贈与あるいは抗告人及び山野昭一が普通教育以上の大学教育を受けた学資等をあわせ考えれば相互に相続財産に加算すべきものはなく、被相続人が生前その時々の境遇経済力に応じ扶養の当然の延長ないしはこれに準ずるものとしてなしたものと認められ、それ以外に贈与があったことは認める資料もなく、現在白井きみが抗告人に比し裕福な生活をしていると認められるとしても、これは、その主張の婚姻のための贈与のみに起因するものとはいいがたく、むしろ、配偶者白井仁の収入の結果と見るべきであり、他方、これをもって本件遺産の分割にあたり白井きみの相続分ないし分割の方法を定めるにつき、原審判の定めた分割を違法とするに足らない。さらに、山野昭一が生前多額の贈与を受けていることを理由に、本件遺産分割にあたり金五〇万円を提供することを申し出たとの点についてはこの主張に沿い右山野において十数万円を提供する旨の申出でがあった旨の抗告人の原審における審問の結果は、原審における山野昭一の審問の結果に照らして措信しがたく、そのほか、抗告人の右の点を認めるに足る資料はなく、また仮に共同相続人の一人が被相続人の死後に任意に金員の提供を申し出たとしても、それは他の共同相続人に対する単純な贈与となるのは格別、その金員が分割の対象である相続財産そのものとなるものではないばかりか、山野昭一が生前自己の相続分以上の贈与を受けていたとしても、その相続分が零となることはあっても、これを相続財産に返還する義務はない。また、抗告人が被相続人の全財産を生前贈与されたとの点についてはこれを認めるに足る資料はなく、抗告人が右の贈与を裏付ける事実として主張する事情についても、抗告人が長男で被相続人と生前住居をともにし、被相続人の身の廻りの世話をしていたことは認められるが、長男として起居をともにする以上、当然被相続人の身辺にある者として、被相続人の入院費用の支出及び看病等の事に当らなければならなかった立場に置かれたことは首肯できるとして、それだからといって、その費用及び死後の遺産の公租公課の負担並びに被相続人の各法事に関する費用等の支払の仕事に当った者の相続分を他の相続人に比し多額にすべきではなく、むしろ右の各費用は、遺産の分割とは別に、定めるべきものであり、他方、本件遺産分割の結果、抗告人は、これまで遺産のうち賃貸土地からの地代収入により生計を立てているのでこれを失えば生計に窮する旨主張するけれども、遺産のうち賃貸土地も相続財産として各相続人の相続分に応じ分属せしむべきものであってみれば、右土地につき受贈ないし単独相続を前提とする抗告人の期待の実現できないことはやむを得ない。なお、抗告人は、抗告人の事情を無視し、法定相続分に応じた遺産の分割をするのは違法である旨主張するけれども、民法九〇六条により特別事情を考慮して遺産を分割する方法を定めるにあたっても、その法定相続分を無視してこれを定めるべきではなく、右同条の規定は、相続が開始され遺産に対する各相続人の相続分が定まったときに、その相続分に応じ、現実に遺産に属する個々の財産の帰属をどのように定めるかにつき、考慮すべき事項を定めたもので、法律上定まった相続分を変更することを許した規定ではない。以上、抗告人の主張する原審判の遺産分割の方法が違法であるとの点は、いずれも理由がない。

次に、第二の原審判の手続が違法であるとの点については、遺産の範囲に争があるときでも審判に必要な限度で、相続財産の範囲を定めることができ、あえてあらかじめ訴訟においてこれを定めなければならないものではないのであって、記録によると、原審において昭和三九年一月二四日の調停期日に家事審判官が相続財産の範囲を確定するように命じ、当事者双方がこれに異議がなかったので、訴訟による右の確定まで調停手続が中止となったことが認められるけれども、同年三月二三日、申立人より調停再開の申立てがあり、ふたたび調停手続が行われ、昭和四〇年五月一八日の調停期日において合意が成立する見込みがなく、調停が成立しないものとして、調停手続を終了させ、審判に付せられ、その後、審理を進め、昭和四一年七月四日、ふたたび調停手続に回付されたが、同年九月一日、当事者間に合意の成立する見込みがないものとして調停手続を終了させ、審判手続に移行し、同日審判手続を終結したこと、抗告人が昭和四一年六月一日の調停期日において、遺産の範囲につき争いがあるので、その範囲を訴訟で確定すべき旨主張したことが明らかであるが、このような主張があっても訴訟による確定をまたず審判のできることは前示のとおりであって、この点についても原審判には違法はない。次に、抗告人は遺産に属する個々の財産の価額は、家事審判官が調停の参考にするために採用した鑑定の結果によっている違法がある旨主張するところ、記録によると、原審判の資料とされた鑑定人杉本浩の鑑定は、昭和四〇年一〇月二七日の審判期日において、白井きみ、高山てる、山野昭一らから、その財産の価額についての主張があり、家事審判官において、右の価額を鑑定人により鑑定する旨定め、同年一二月八日、鑑定人を杉本浩と指定し、同鑑定人は、昭和四一年一月二九日、鑑定書を原裁判所に提出し、同年六月一日の審判期日において、白井きみ、高山てるらは、現物分割あるいは、金銭分割の場合は右鑑定書の価格により三分の一を希望したところ、抗告人は、金銭分割を主張したことが認められ、この間に抗告人の主張するような、右鑑定が調停のためのみの資料とするものであることは認められないのみならず、右のような経過によって行われた鑑定を原審判の資料とすることには何らの違法はない。さらに、抗告人は原審における家事審判官は、調停に代わる審判をなすと宣しながら、これと異なる原審判をした旨主張するけれども、遺産の分割に関する調停事件においては、調停に代わる審判をすべきものでないことは家事審判法上明らかで、原審における家事審判官がそのような審判をすることを宣したものでないことは記録上明らかであるから、この点に関する抗告人の主張もこれまた理由がない。なお、抗告人は原審判は、その審判書を作成しない家事審判官によりなされたものである旨主張するが、原審判は、昭和四一年九月一日の調停期日から本事件の担当家事審判官となった森口審判官によりなされたものであって、抗告人のいうように他の審判官の作成した審判書によったものであることを認めるに足る資料は全くないのであるから、抗告人の右主張もこれまた理由がない。

そのほか、記録を調べてみても、原決定を取り消すに足る違法の点は見あたらない。

したがって、原決定は相当であって、本件抗告は理由がない。よって、本件抗告を棄却すべきものとして、主文のように決定する。

(裁判長裁判官 小沢文雄 裁判官 鈴木信次郎 裁判官 館忠彦)

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